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セルバンテス文化センター東京公式ブログ

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ゴンサロ・ヒメネス・デ・ラ・エスパーダ - 明治の日本にいたスペイン人

Cuentos del Japón viejo.1907年、日本政府からスペイン語教師として招かれた勇敢なスペインの男は、妻と生まれたばかりの子を連れて日本へ旅立った。

そのころの日本といえば、1868年の明治維新後の転換期であり、近代化の真っ只中であった。明治維新によって日本政府は西洋科学という学問を非常に重要視しており、また西洋から教師を迎えることにとりわけ力を注いでいた。

このような中で、今回の主人公ゴンサロ・ヒメネス・デ・ラ・エスパダは、東京外国語學校(現東京外国語大学)で教鞭を執ること10年間でした。

その時期に、ヒメネス・デ・ラ・エスパダは何人かの日本人の弟子に語った。これらの弟子による熱狂は後にキホーテの直接の翻訳を始める永田寛定 (1885-1973)を連れて来ることになる。その頃には既にキホーテの翻訳は存在していたが英語、フランス語、ドイツ語から日本語への翻訳であった。それらの翻訳者達は、島村抱月(1871-1918)片上伸(1884-1928)である。永田寛定がスペイン語からの翻訳を始めたのだが、一部の翻訳だけであった。後に、永田寛定の弟子、高橋正武(1908-1984)が1977年まで翻訳し続けた。このようにして永田寛定とヒメネスデ・ラ・エスパダとその弟子、笠井鎮夫はスペイン語研究の先駆者となったのであった。

ゴンサロ・ヒメネス・デ・ラ・エスパダは翻訳者としても重要な任務を果たしました。こちらでは、新渡戸稲造の作品である『武士道-日本の精神-』(マドリッド、ダニエル文庫、1909年)や、『日本昔話』(マドリッド、ラングレ、2009年)、『日本神話』(マドリッド、ラングレ、2013年)の翻訳を行ったことが有名です。

後の2冊は1914年に長谷川竹次郎が著した20篇にも及ぶ日本の伝統的な物語が元になっています。その中では、日本人の習慣や性格、また明治時代の日本が外国に伝えたかったイメージを見ることができるのです。

文: 津端マエストレ衣絵
訳: 井出聖峰

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